2020年2月、セキュリティ更新時期にあわせて、査証欄のデザインが変更された新パスポートの発給が始まった。数字だけが印刷された味気ない紙面から、葛飾北斎「冨嶽三十六景」の迫力あるデザインに一新。過去に例のない芸術的なパスポートになり「美しい」「欲しい」と話題になった。
しかし、パスポートというのは好きなときに切替できるものではない。戸籍上の氏名が変わった場合や査証欄の残りが少なくなった場合など、しかるべき理由が必要だ。
筆者は偶然にも10年パスポートの更新時期というチャンスに恵まれたので、新デザインをご紹介したい。
・従来のパスポート
パスポートの査証欄とは、その名の通り査証(ビザ)を貼付したり、出入国のスタンプを押すページだ。これまでのパスポートの査証ページは、うっすらとページ番号が印字されているシンプルなもの。例えば30ページ目なら「30」と印字されていた。
スタンプの台紙になるのであまり主張の強い図柄にはできないが、それでも無機質で味気ないデザインである。それがどう変わったのか見てみよう。
・新パスポート
新しいパスポートは葛飾北斎の浮世絵「冨嶽三十六景」を採用。ページごとに違う図柄がプリントされており、優美な富士山の絵が次々と展開される。
同じ富士山でもページいっぱいにそそり立つものから、小さくぼんやりと遠景に見えるものまで多種多様。このバラエティが「冨嶽三十六景」の魅力といえる。
そもそも浮世絵は構図がすごい。超広角だったり鳥瞰図だったり、カメラも飛行機もない時代にいったいどうやって思いついたんだろう、というような斬新な構図感覚だ。映画のコンセプトアートのようなかっこよさがある。
超有名な「神奈川沖浪裏 (かながわおきなみうら)」 や「凱風快晴(がいふうかいせい)」 もあるぞ。印刷も緻密で美しく、スタンプを押してしまうのがもったいない!
ページ番号は画面端に小さく印刷されるだけになり、日本語と英語で作品タイトルが書かれている。
最終ページには緊急連絡先を書き込むところがあるが、そこにも堂々たる富士。美しい!
「三十六景」とはいうものの当時あまりの人気……つまり商業的な理由で10図版が追加され、全46図あるという。
10年パスポートの場合、全54ページのうちICページなどを除く48ページに24作品(5年パスポートでは32ページに16作品)が選ばれている。外務省のホームページでは原画とパスポート版、それぞれの「冨嶽三十六景」を見られるぞ。各ページを異なるデザインにすることは、偽変造対策にも有効なんだそうだ。
ちなみに「冨嶽三十六景」の他にも「正月やひな祭りなどの日本の情景」「空を飛ぶ旅を連想させる鶴」「桜などの日本の季節を代表する四季の植物」など複数の候補があったという。
しかし、同作は日本を代表する浮世絵であることや、世界に広く知られていること、富士山の世界遺産登録などの理由から最終的に選ばれたという。選んでくれてよかった!
・空白ページの方が貴重かも
これまでパスポートは出入国スタンプを見てニヤニヤするものだったが、これからはむしろ空白ページの方が魅力的といえるかもしれない。いつまでも見ていられる。入国審査で「そのページはやめて!」と叫んでしまいそう。
海外に出かけたら誰彼かまわず「見て見て! 日本のパスポート〜!」とやりたくなるが、危険なので自制しなくては。しばらくは実際に使う機会はなさそうだが、早く新パスポートを世界にお披露目できる社会情勢になることを祈りたい。