青森県つがる市に「それ」はある。JR五能線の木造駅(きづくりえき)だ。
JR五能線といえば、青森県から秋田県の海岸線を結び、リゾート列車も走る風光明媚な路線として知られる。しかしこの木造駅にはリゾートの華やかさはない。
その代わり、数十メートル離れた住宅街からもその威容に圧倒され、子どもが見たら泣き出しそうな巨大な人工物がある。……きみ、ウルトラマンと戦ってたよね?
・じっくり見てみよう
どういうことか一緒に見てみよう。闇夜に浮かぶ白い影……
え?
えええぇぇぇ!?
デカい! ってかちょっと怖いっ!!
しかも目が光る。
・明るいところで再度確認
夕べ見たものは疲れた目に映った幻かもしれないので、日が昇ってからもう1度確認してみる。今思うと駅周辺は街灯が周囲をぼんやり照らすだけで、人も車もなく静まりかえっており、トワイライトゾーンに迷い込んでいた可能性も否定できない。
……見間違いじゃなかった。
高さ20メートルはあろうかという巨大な土偶(正確には17.3メートル)が、駅舎の正面と一体化している。
土偶の右足とプランターを比較すると、どれだけデカいかわかる。円谷プロもびっくりである。
解説パネルを読むと、実は土偶にはちゃんと由来があった。近くの「亀ヶ岡石器時代遺跡」から出土した遮光器土偶をモチーフにしており、左足がないのも出土品を忠実に再現している。
そもそも発掘される土偶は身体の1部を欠いているものが多く、儀式的な理由でわざと切り離している可能性が高いのだそう(諸説あり)。本物は東京国立博物館に収蔵されているが、レプリカが「つがる市縄文住居展示資料館(カルコ)」にあるという。
薄目を開けた大仏様のような顔が、イヌイットなど北方民族の遮光器(サングラスやスノーゴーグルのようなもの)に似ていることから「遮光器土偶」と呼ぶんだって。
名前もあって「しゃこちゃん」っていうんだぞ。ドグーフじゃなかった……。
・あちこち縄文推し
というわけで、駅全体が縄文推しであり、あちこちに遮光器土偶があしらわれている。何度も見ていると可愛く思えてくるな。
現駅舎の完成は平成4年(1992年)、地域振興のために1億円が交付された「ふるさと創生事業」を活用したものだという。「東北の駅百選」にも選ばれている。
駅のすぐ隣には公園があり、公衆トイレも竪穴式住居だ。
・目が光るのはたぶん優しい理由
夜の方がわかりやすいが、電車が到着しそうになると3分前から目が光る。駅舎の改修により、今年4月に従来の白色電球から7色のLEDにパワーアップしたとのこと。ナイトショーのレーザービームのような強烈なものではなく、ほんのり光ってゆっくりと色を変えていく。
筆者が見たところ、木造駅はほぼ地元の人だけが利用するローカルな駅で、観光客が大挙するような場所ではない。電車に乗り込む学生と、その送迎をする家族の車が立ち寄るくらいの静かな駅である。あるいは近くの県立高校の生徒も利用するかもしれない。
目が光るのは観光客向けのパフォーマンスではなく、「おかえり」や「いってらっしゃい」の意味だと思う。とりわけ夜には人通りもほとんどなくなり、静寂に包まれる駅周辺においては、7色に輝く目がどこか人の営みを感じさせる。
高校卒業と同時に都市部に出たり、車を持ったりする地方都市において、電車を利用するのは学生時代のごく一時期だ。木造駅を利用した学生たちは、大人になってからこの土偶を懐かしく思い出すのではないだろうか。お父さん、お母さんたちも「毎日あの子を送っていったなぁ」なんて。
・しゃこちゃん、がんばれ
若い方はご存じないだろうが、「ふるさと創生事業」では交付金の使い道が自治体に任されたことから、話題づくりのため奇抜なモニュメントなどが次々と建設された。筆者の周辺でも「1億円の○○(笑)」と後々まで揶揄(やゆ)されたものや、運用が上手くいかず、すでに存在しないものもある。
そんな中、今なお毎日利用され、かつ見た人に強烈なインパクトを与える木造駅はすごいと思う。ふるさとを見守る象徴的な存在だろう。しゃこちゃんには今後も末永く活躍して欲しい。
参考リンク:青森県観光情報サイト「アプティネット」、弘前経済新聞
Report:冨樫さや
Photo:RocketNews24.