絶叫マシンって何であるんだろう? マジで必要ない代物だと思う。そんな私(中澤)は、子供の頃から絶叫マシンと名のつくものが大の苦手。中でも巨大な海賊船が振り子みたいにブンブン空中を舞う絶叫マシン・バイキングは、私がこの世で最も恐れているものの1つと言っても過言ではない。
あれは絶対にヤバイ。見るだけで足がすくむ。っていうか、何のために乗るの? 乗り物のくせに前に進まないなんてエネルギーの無駄だ。この省エネの時代に逆行しているではないか! まったくもって乗る人がいる意味が分からない。分からないので乗ってみた。
・ノリの恐ろしさ
実は、これは以前お伝えした「としまえん最後の日」の出来事。なんか知らないうちにみんなでフライングパイレーツに乗ろうぜ的なノリになってしまった。
正直、全然乗りたくない。しかし、絶叫マシンが怖いと言い出せない。それとなく乗らない方向に誘導しようとしたが、なぜかこんな時だけ、乗る方向で一致する私以外の全員の意見。どうしよう……。そう思っているうちに行列に並んでいた。
・これだけは無理
並んだ時点で足はガクガク震えてまともに前に踏み出せない。だが、1度並んでしまったが最後、後ろに人の行列ができていく。あとは、列が進むのに流されるまま、雲の上を歩いているような、誰かに歩かされているような感覚で気づいたら中盤くらいに来ていた。
これはマズイと思った私は思い切ってメンバーに打ち明けてみた。実は絶叫マシン全般が怖い……と。記事のためにはカブトムシも食べる私だが、ネタになるとしてもこれだけはできない。ガチのガチで嫌だ。なんとか私抜きでやってくれないものだろうか?
・記憶がない
しかし、結果として、乗ることになった。なんで乗ることになったかはあまりよく覚えていない。「あのフライングパイレーツに乗らなければならない」という事実がショックすぎて記憶がないのである。
ここに来て私は冒頭の境地にたどり着いた。乗っている人たちは見たところ、私と同じ一般人である。そんな普通の人々が楽しめるということは、乗ってみたら意外と大したことがなく、むしろ楽しさが分かるのではないかということだ。
・大人になって初めての絶叫マシン
思えば、私は、子供の頃にビビって以来、絶叫マシンに乗っていない。大人になった今、そこの感覚が変わっているというのは十分ありえる話ではないか。車も運転できるようになったし、飛行機も怖くなくなった。フライングパイレーツの動きってそんなにスピード感ないし絶叫マシンもあるいは……? そう腹をくくり乗ってみた結果……
ギィィィヤァァァァアアアアアア!
ムリムリムリムリ!!
もうエエってーーーーーー!
止・め・てェェェエエエエエェェェエエエエ!!!!!
──ゴーゴーと顔面を叩きつける風! スピード感どころの話じゃない!! しかも、体の自由がきかないのがさらに怖い。椅子に縛られて地上45メートルから突き落とされてるようなもんやでコレェェェ―――!
・1番怖かった瞬間
しかし、私が1番怖かったのは、船が上まで上がりきった瞬間である。船の揺れは徐々に大きくなっていくのだが、正直、私からしたら最初の1発目から怖かった。にもかかわらず、どんどん船の高度は上がり角度は急になっていく。
普通に座っているはずなのに船の先に地面が見えるってどういうこと!? 1回ごとに高くなっていく目線が「次の落下はもっとすごい」と想像を膨らませるのだ。それはまるで引き絞られた弓に等しい。「これから来るぞ」という恐怖感が最も怖かった。
気持ちを追い越して叫び声が出る。こんなに口が勝手に動いたのは初めてだった。
・動画に意味不明なものが映り込む
驚くべきは、一緒に乗っていた上司のYoshioがそんな私の様子を動画で撮っていたこと。あの中で動画を撮れるとか一体どんな神経をしているのか。だが、動画にはさらに衝撃的なものが映っていた。バ、バカな!? なんだ、この……
隣の席のオッサンの余裕は……!?
私の隣には先輩記者のP.K.サンジュンが座っていたのだが、バーから手を放すどころか、カメラに向かってポーズを決めたり、後ろの人と話したり1回行って帰って来る度に違うことをやっている。ちょっと落ち着きたまえ。
・P.K.サンジュンが余裕な理由
なんで絶叫マシンの中でそんなに自由に動けるの? 『刃牙』のドリアンなの? 私なんて揺れが小さくなってきても、完全に止まるまで手が固まって離せなかったというのに。意味不明すぎる。そこでP.K.サンジュンになぜそこまで余裕をかませるのか聞いてみたところ……
P.K.サンジュン「だって安全じゃん。むしろ、絶対死なないのになんで怖いの?」
──とのこと。いや、あの迫力は気の持ちようとかそんな話じゃない。だって衝動が気持ちを追い越していくんだもの。っていうか、絶叫マシンってスリルを味わうために乗るものなんじゃないのか? サンジュンはサンジュンで逆に楽しめていないような気もする。
そんな悲しき絶叫マシンモンスターの言葉は置いておいて、私はYoshioとP.K.サンジュンの行動を見るにつけ、1つの真理に思い至った。絶叫マシンに乗る意味が分からないので体験してみた結果、私は分かってしまったのである。
世の中には分からないこともある──と。
執筆:中澤星児
Photo:Rocketnews24.